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古峯神社 参籠2日目(5月5日)

(05-06-2024 11:11 AM で作成されたトピック)
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雄
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前回投稿の続きになります。

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参籠2日目、AM5:20分起床
境内を散策しました。

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早朝からオオルリ、ヒガラ、キビタキの綺麗な囀ずりが聞こえてきました。

オオルリは栃木県の県鳥で、ウグイス、コマドリと並び日本三鳴鳥の1つに数えられています。

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境内を流れる大芦川は関東一の清流とも呼ばれています。

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8:00より朝の一番祈祷が執り行われました。

祝詞奏上(のりとそうじょう)が読み上げられ
昨日申し込んだ神札へのお祓いと御霊入れの義、参拝者へのお祓をして頂き、玉串奉奠を行い、二礼二拍手一礼をして御祈りをしました。
神道では正式には拍手を「柏手(かしわで)」と言います。

『祝詞奏上』
神社での神事や地鎮祭などの時に斎主(神事を司る神職)が折りたたんだ大きな紙を広げ、
厳やかな口調で読み上げているのをご覧になったことがあると思います。
この読み上げているものが祝詞(のりと)です。
祝詞「しゅくしと」読んでしまうと意味が違ってしまうので注意して下さい。

何かありがたい事を唱えているようだけど、ちっともわからないなと思われたかもしれません。祝詞は『大祓詞』など名文といわれるものも多いのですが、古い日本語をもとにしていますので言葉遣いが難しいうえ、参列者ではなく神様に向かって唱えているので、どうしてもわかりにくくなってしまいます。

祝詞は斎主と神様の対話ということができます。祝詞には宣下体(せんげたい)と奏上体(そうじょうたい)の2種類あり、前者は神様から人間へのお告げ、後者は神様への感謝やお願いを述べたものです。方向性は正反対ですが、いずれも神様と人間のコミュニケーションを表したもとのいえるでしょう。
現在の神社で唱えられているものはほとんどが奏上体の祝詞です。
『古事記』『日本書紀』の神話によれば、 祝詞の起源はアマテラスが天岩屋(あまのいわや)に隠れた時にさかのぼるといいます。
スサノオの横暴な行為に腹を立てたアマテラスは天岩屋に身を隠してしまいます。
すると、天地は真っ暗になり、さまざまな災いが起こりました。困った神々は岩屋の前で祭を行い、アマテラスを誘い出そうとしました。このときにアメノコヤネが岩屋の前で唱えた布刀詔戸言(ふとのりとごと)が起源だとされています。

『大祓詞(おおはらえのことば)』
とは6月30日と12月31日に行われる大祓(半年の罪穢れを払う行事)で唱えられる祝詞のことをいいます。

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一番祈祷で奉奠した玉串
『人生礼儀と神社』
誕生や成人、結婚といった人生の節目に行う礼儀を『人生礼儀』といいます。
古来、日本では人生礼儀に際して氏神神社などの神社を参拝するものとされてきました。
なぜでしょうか。
その説明をする前に人生礼儀にはどのようなものがあるか見ておきましょう。

誕生祝い 0歳
名付け祝い 0歳
お七夜 0歳
初参り 0歳
初節句 0歳
お食い初め 0歳
初誕生 1歳
七五三 3~5歳
十三参り 13歳
成人式 (地域により異なる)
厄年 25歳など
還暦 60歳
古稀 70歳
傘寿 80歳
米寿 88歳
白寿 99歳
葬式

人生礼儀が子供時代、それも幼年期に集中していることに気づかれたことと思います。
これは幼児の死亡率が高かったことの反映です。つまり、人生礼儀とは、それまでの無事を神に感謝し、今後の守護を願うものなのです。氏神神社へお参りするのは、ご先祖様の霊に成長している姿を見せる意味もあると思われます。


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一番祈祷後に頂いた御朱印

神社から参拝者に授与されるものは大きく分けて2種類あります。神札類と縁起物です。
神札類は神様の霊威が宿っているもので神札(しんさつ)や御守りがこれに当たります。
これらはいわば神様の分身なので、不浄な場所に置いてはいけない。
神札は神棚に祀るか、目線より高く清浄な場所にお祀りします。できれば南向きか東向きに奉安します。
御守りは身に付けるようにした神札なので、身近なもの(衣服や鞄など)につけておくのが良いですが、汚しやすいので注意が必要です。
おみくじ、絵馬などの縁起物は霊威は宿っていませんが、神様からの授かり物なので粗末にしてはいけない。
おみくじは本来頂いて帰るものですが、悪い内容であったり、縁結びの願掛けをする時は、境内の指定の場所に結んでいく。
絵馬は奉納するのが本来のあり方です。
しかし、記念に持って帰ってもかまいません。
御朱印は参拝の証なので、参拝を終えてから頂くのが原則です。神社の印が捺されているので神札に準ずるものということもできます。穢れのない場所で保管しましょう。

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大天狗 (だいてんぐ)
古峯ヶ原 古峯神社では古来より天狗信仰が盛んで、御祭神 日本武尊の神使い(眷属神)としてあつく崇敬されています。

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烏天狗 (からすてんぐ)
天狗は、山伏姿で、顔が赤く、鼻が高く、翼があって、手足の爪が長く、金剛杖・太刀・うちわをもち、神通力があり、飛行自在という特徴があります。
民間信仰では、崇敬者に災難が起こった時、直ちに飛翔して災難を取り除いてくれる(災厄消除・開運)偉大なる威力の持主として広く根付いています。

中世以降の日本では、天狗といえば猛禽類の姿をした烏天狗のことを指し、鼻の高い天狗は、近世に入ってから主流となったものです。

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食事会場

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朝食
朝食は一番祈祷前と後、どちにするか選択可能です。私は祈祷後に朝食を取りました。

朝食後、帰りのご挨拶をして1泊2日の参籠を無事に終えました。


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古峯ヶ原高原
古峯神社参籠を済ませ、古峯神社の奥宮参拝に伺います。

古峯神社から車で約20分、奥宮がある古峯ヶ原高原に到着。

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古峯ヶ原高原(こぶがはらこうげん)
ここから歩いて約15分位進むと奥宮があります。

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古峯神社 奥宮

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古峯神社 奥宮
御祭神
日本武尊(荒魂)
大天狗
烏天狗
日光開山 勝道上人

社伝によると
日光山開山の祖である勝道上人は、古峯ヶ原深山巴の宿(じんぜんともえのしゅく)で3年間の修行ののちに天応2年(西暦782年)に男体山に登ったとされる。これにより「日光発祥の地」とも呼ばれるといい、山岳信仰の霊地であった。

この由緒に基づき、神仏が習合していた時代には、日光全山26院80坊の僧侶(日光修験)は古峯ヶ原で修業をするならわしであり、
「華供峯(はなくのみね)」は日光入峯の重要な修行であった。『下野神社沿革史』によれば、日光へ赴く修行僧が石原家に投宿して雪中の案内を行い、以後恒例となった。日光にあった金剛童子の像を日本武尊とともに祀り、金剛峯権現と呼んだという

明治初年の神仏分離に伴って仏具は撤去され金剛童子像は日光に還仏したといい、
祖先石原隼人が祀った日本武尊のみを祭神として「古峯神社」と号したという。
1966年(昭和41年)に古峯神社と日光山興雲律院の共催により、華供峯が「巴祭」として復興されている。

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古峯神社1泊2日の参籠、良い経験が出来ました。
長い投稿を見て頂きありがとうございます。
4個のコメント
arioo
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雄さま
こんにちは👋😃
早いご起床

いいお天気で
境内
清々しいお時間ですね
一番のご祈祷
玉串

御朱印
いい📷️お写真
ありがとうございます

参籠お疲れさまでございました
雄
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こんにちは 👋 😃

古峯神社はいつ行っても良い所です。
また行きたいと思います。

コメントありがとうございます🙇
とめ
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こんばんは😃🌃

参籠ご苦労様でした🙇
前日の投稿と合わせて古峰神社に参拝させていただきました🙏

凛とした早朝の空気感の中を鳥たちの囀ずりを聴きながら早朝の境内の散策はとても気持ち良いことでしょうね🙆

この度も祝詞奏上や人生礼儀のことなど勉強させていただきありがとございました🙏

雄さんのような信仰心は持ち合わせてはいませんが、早朝に古峰神社に参拝し、凛とした空気感の中を歩いてみたくなりました🙋

明日も良い1日を▪︎▪︎▪︎✌️
雄
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こんばんは🙇

誤字だらけの投稿で心苦しい思いですが 💦
毎度見て頂きコメントありがとうございます🙇

古峯神社は山奥にあるので空気も綺麗でマイナスイオンもたっぷりです。

今回は時間の都合で散策出来なかったのですが、
境内に25,000坪の日本庭園『古峯園(こほうえん)』があって年間を通して様々な草花や紅葉なども楽しめます。今の次期はちょうど池の畔で紫の花菖蒲が満開です。

庭師の方が一年中手入れをしているので雑草1つ生えてないんですよ☺️

早朝の神社は凛としていて気持ちが良いものですね☺️

機会があれば是非、参籠を体験してみて下さい。なかなか経験出来ない事なので良い人生勉強になりますよ。

私はもう古峯神社では10回位参籠してます。
また機会があればやりたいなと思ってます。

今後も良いお時間をお過ごし下さい🙇